2009年4月19日日曜日

ポール・トーディ 『イエメンで鮭釣りを』

アルフレッド(フレッド)・ジョーンズ博士は、研究一筋の真面目な学者。水産資源の保護を担当する政府機関、国立水産研究所(NCFE)に勤めている。ある日、イエメン人の富豪シャイフ・ムハンマドから、母国の川に鮭を導入するため力を貸してもらえまいかという依頼がNCFEに届く。
フレッドは、およそ不可能とけんもほろろの返事を出すが、この計画になんと首相官邸が興味を示す。次第にプロジェクトに巻き込まれていくフレッドたちを待ち受けていたものは?
手紙、eメール、日記、新聞・雑誌、議事録、未刊行の自伝などさまざまな文書から、奇想天外な計画の顛末が徐々に明らかにされていく。

なんだか今日はすごく心を萎えさせるような出来事があって非常にげんなりしていたのですが、この小説を読んで少し元気をもらった気がします。白水社のエクス・リブリス、本当にいいシリーズですね。デニス・ジョンソンの『ジーザス・サン』もとても印象に残りましたが、それと打って変わってイエメンのワジに鮭を放流するというぶっ飛んだ設定と、メールやら日記やら議事録やらで構成されたチャプター、そして最後のオチがまたなんとも…。尋問官が何者で、なんでこの小説がこういった様々な文書で構成されているのかは最後で明らかになります、っていっても本当は最初の頁にしっかり書いてあるんですけどね。意外と気に留めずに読み進めてしまうものです。登場人物もまた実にキャラが濃く(戯画的過ぎるほど)、特に自己顕示欲とオリエンタリズム丸出しで雄弁だけど実は無教養なピーター・マクスウェル…この小説で一番気になるやつです。
著者の釣り愛が実によく伝わってくる、いい感じのフィッシング小説(巷で話題のチェス小説よりも面白いかも)です。釣りには哲学と美学があるんですよ。やったことない人にはそれがわからないのです。
待つこと、信じること、それができなきゃ釣りはできません。おじいちゃんが言ってました。

そう、信じること。一番大事なこと。信じることが何かを変える可能性を生み出す。何かが上手く行くと信じること、たとえ今回は上手く行かなくても次は上手く行くと信じること。あるいは誰かを信じること、自分を信じること。「信じる心がなければ希望はない。信じる心がなければ愛はない。」 希望とはより良き生に対する潜在可能性だろう。愛とはより良き生をもたらす他者へのコミットメントだろう。両者の根底に信じることがなければいけないという、このシャイフの言葉は実に含蓄のある言葉だと思います。信じることが希望や愛を経てよりよき生にたどり着く。あるいはより良き生の存在を信じるからこそ、そこに希望があり愛がある。最後にフレッドが引用する「私はそれを信じる、なぜならそれが不可能だからだ」という言葉、不可能に見えるもの(つまり潜在可能性がないように見えるもの)も信じることによってそこに潜在可能性を見出すことができる、不可能を可能へと転換していくことができる。半ば今の自分に言い聞かせているところもありますが、今のところはそう思わせてください。

他のブログを見ていて知ったんですが、この著者の写真を撮っている人物…あのコリン・マクファーソンじゃないですか。最初に気付いた人すごいですね。


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