2010年1月30日土曜日

高橋哲哉 『靖国問題』

二十一世紀の今も、なお「問題」であり続ける「靖国」。「A級戦犯合祀」「政教分離」「首相参拝」などの諸点については、いまも多くの意見が対立し、その議論は、多くの激しい「思い」を引き起こす。だが、その「思い」に共感するだけでは、あるいは「政治的決着」を図るだけでは、なんの解決にもならないだろう。本書では、靖国を具体的な歴史の場に置き直しながら、それが「国家」の装置としてどのような機能と役割を担ってきたのかを明らかにし、犀利な哲学的論理で解決の地平を示す。決定的論考。

さて、靖国問題です。あまり気乗りがしない問題ではありますが。しかしこのAmazonのレビューは面白いですね。冷静にレビューを書いている人がいるかと思えば、直情的に書きなぐった感情的なレビューを書く人もいる。本文で触れているのに、この点については全く触れていないと言い張ったり、「誤読」としか思えないようなレビューもある。きっと自分の主義主張と折り合わずに、冷静さを失って、読み捨ててしまったんだろう。
しかし、この問題は、なぜそんなにある種の人々の感情をかき立ててしまうのだろう。靖国などこうした事象をめぐる、右派と左派(この用語は使いたくないなぁ)の対話というのはなぜか成り立たない。右派の議論は、しばしば論理よりも感情に訴えかける。「日本人ならわかるよね? わからなきゃ君は日本人じゃないよ。」 これに対して左派は彼らのもともとか弱い論理一つ一つに容赦なく反駁を続ける。その反駁が更に右派の感情に訴えかける語りを強化してしまう。そして左派はそれを小馬鹿にする。…ここに対話なんか成立しえないのは明らかだ。これは残念な話だけれど。高橋哲哉は、無視を決め込む人々が多いなかで、体を張ってナショナリストたちに反駁を続けている。その姿勢はやはり評価するべきだろうけれど、その行為はどこにも行き着かない。なぜ対話は不可能なのか。高橋らの批判を考えたとき、こうした反駁は批判ではあるけれども、あくまで外的なレベルに留まってしまいがちだ。これほどまでになぜ靖国問題が人々の感情を揺さぶってしまうのか。これは、靖国問題だけの話ではない。「日本人」というナショナルな共同体について批判することは、批判される側にたつ人々の感情をかき立ててしまう。ナショナリズムとは、何よりもこうした情動的な位相で作用しているものだ。ナショナリズムの情緒的な次元に踏み込むこと、これなしには「徹底した批判」などできない。ガッサン・ハージは、こうした次元に踏み込んだ数少ない研究者の一人であり、彼の著作『ホワイト・ネイション』は最も貫徹したナショナリズム批判たり得ているように思う。彼は、こうした位相をとても重視する。その結果、彼はナショナリズムを分析するにあたっては、精神分析理論を援用しなければならない、と主張する。

靖国問題など、僕の知ったことではないのだけど、関わらざるを得なくなってしまった。つくづくこれは厄介な問題で、とても僕の手に負える代物ではない。個人的には、個人の死はどこまでも個人の死であって、それを国民国家の論理に回収させてはならない、と思う。人が何のために死んだかなんて、誰にもわからないし、それを一つの対象に当てはめることなどできないだろう、ましてやそれを一般化することなど。死人は口なしとはよく言ったものだ。個人の死を国民国家に回収する、これは恐らくすべての国民国家において行われてきたことだ(この意味において、中国も韓国もアメリカもオーストラリアもイギリスも戦死者の追悼を行ってきたではないか、との反駁は正しいし、高橋も本書のなかでそのことを認めている)。個人として死ぬというよりも、国民として死ぬということ。国民国家は人々の生を規律管理するだけではなく、死にまで介入し、それを利用する。私たちは「ゆりかごから墓場まで」、そしてその先までも国民国家の論理に埋め込まれてしまっているのかもしれない。戦死者の追悼や記念日の設定、そこで執り行われる儀式などは、まさしく国民国家のイデオロギーを再生産する装置なのだろう。追悼、死んでいっていった者たちへの共感と遺族の慰撫。こうした儀式はそれに参加する人々の感情を揺さぶり、共感をもたらす。追悼の共同体、あるいは共感の共同体。何よりも追悼式典などは、こうした生き残った人々の結合を強める。我らのために死んでいった者たち、生き残った我々。死んでいった者たちは、美化されていく。卑近な話をすれば、葬式で死者の悪口を言う人などそうはいないだろう。それが、戦死者であっても。戦死した者がどんな残酷な振る舞いをしていたとしても、こうした追悼の場でそれを問われることはない。追悼のなかで戦死者もまた、美化される。戦死者の体に纏わりついているであろう、様々な血はこうして洗い流されていく。追悼の場はどこか「美しく」見える。だから、追悼施設や追悼式典の場はそもそも歴史認識を問う場にはなりえない、と僕は思う。追悼の場で、認識される歴史もまた、すっかり血が洗い流され「美しく」見えてしまう。それはやはり「虚偽」なのだ、と高橋と同様に僕も思う。

この本はよくできているとは思う。靖国を考える上で、基本文献の一つに挙げられるのではないか。よく靖国問題Yasukuni Question"s" という複雑にこんがらがった問題を整理している。ただ、このアプローチが哲学的なのかはよく分からない。高橋氏なりの一貫した論理から、問題を解きほぐし、分析を進めていく。ただ、これがどこまでも政治的な問題である以上、政治性を帯びてしまうのは避けられない。それに拒否感を感じる人がいることはAmazonのレビューを見ればよくわかる。しかし、そうした人はその時、その拒否感がどこに起因するのかを突き詰めた方がよいと思う。この本を保守の人々は、拒否して投げ捨てるのではなく、ある種の問いかけとして受け取ることはできないだろうか。そしてその上でそれに責任を持って応答すること、そして今度はそれに高橋氏が責任を持って応答すること、そんなことは不可能なのだろうか。

ともあれ、彼は靖国問題を、5つの位相に分解する。①感情の問題、②歴史認識の問題、③宗教の問題、④文化の問題、⑤国立追悼施設の問題。①で特に興味深いのは、あまり触れられてこなかった遺族感情からスタートする点。戦死の悲しみを喜びへと転換させる装置として彼は靖国神社を捉える。感情の錬金術。なぜ、20歳そこそこで紙切れ一枚で連れて行かれ、一生帰ってこない、そんなことがあったら普通は遺族は憤りと悲しみに包まれることだろう。けれど、それを喜びとして感じさせるメカニズムが出来上がっていた。個人の死を国民の死として回収し、それを名誉と見なすことによって、国民という共同体を死に向かう共同体へと仕向けていく装置。戦死が評価され、戦死者を出すことが周囲から尊敬の念を浴びることとなれば、そしてその死が無為ではなく、国のためだったと理由付けすることができれば、確かに遺族は救われるのだろう。それが「戦死者の顕彰」に他ならない。靖国神社は「追悼のための装置」ではなく、「顕彰のための装置」なのだ。確かにこのことを混同してはならない。ただ、国家によって、こうした場が設けられるとき、その二つを区分することなどできるのだろうか。死者を顕彰せずに追悼することは可能なのか。もし可能でないならば(僕はこれは不可能だと思う)、別に「追悼施設」を設けたとしても何も変わらない。
また、先述のように、靖国神社をどうのこうのすることと歴史認識の問題はどうやってもつながらない(レトリックを弄せばつながるように見えるかもしれないが)と思う。少なくとも中国政府や韓国政府と靖国問題で「和解」することと、歴史認識とは別問題だろう。
こうして彼なりの議論を押し進めていった先にあるのは不戦論だった。現状肯定的な保守主義の人たちに、これは受け入れられないだろう。もちろん彼の理路からはこうした結論に至るのは必然なのだろうけれど…。

何れにしても、靖国問題が決着したら、万事解決なんてわけはない。あくまで、これは一つの事象に過ぎない。高橋らにしてみれば、それは日本における近代を問う、あるいは植民地主義やポスト-植民地主義の観点から東アジアの近代を考えるための事象だと思うし、保守陣営にとっては、南京大虐殺、「集団自決」、従軍慰安婦のように、特定の対象に焦点を絞って、「美しい歴史」を描き出そうとするためのいくつかの事象の一つに過ぎない。靖国神社など印象的な特定の事象にしぼって攻撃することで、あたかも全体が書き換えられたかの印象を与えようとする、その特定の事象でも、細部を覆そうとすることによって、あたかも全体が書き換えられたかのように喧伝する、こうした戦略を、「自由主義史観」を主張する人々は採っている。従軍慰安婦もしかり、南京大虐殺しかり、「集団自決」しかり。ここに相手を対話をしようとする意図を感じ取ることなどできない。

どこの国の歴史も血塗られている。それを認識することは「自虐」なのだろうか。そもそも、この「自虐」という言葉も、曲者だ。自らを傷つけ、蔑むといった意味合いだろうけれど、このときの「自ら」は単数形ではない、それが意味しているのは、「私たち(日本人)」だ。個人としての「私」とナショナルな存在としての「私たち」が密接に結びついている。彼らは「日本」が傷つけられることを、自らが傷つけられたかのように感じ、苦しんでしまう。恐らくは「日本」が美しくあることを、自分自身が美しくあることとして感じ取るのだろう。これを馬鹿にするのは容易い。けれど、なぜこうしたメカニズムが作動してしまうのかはもっと真摯に問われるべきテーマだろう。靖国問題は、もっと大きな問題の一環に過ぎない。靖国問題が、そのより大きな問いに向き合うための出発点になればいいとは思う。けれどもそれは難しいだろう。

小菅信子 『戦後和解—日本は〈過去〉から解き放たれるのか』

第二次世界大戦が終わり六〇年が過ぎ、戦争を直接記憶している人も少なくなった。だがいまだに戦争についての歴史認識をめぐり、近隣諸国との軋轢は絶えない。日本はいつ「戦争」の呪縛から解き放たれるのか―。一九九〇年代後半まで、日本軍による捕虜処遇問題で悪化していた英国との関係はなぜ好転し、ここにきて中国との関係はなぜ悪化したのか。講和の歴史を辿り、日英・日中の関係を比較し、和解の可能性を探る。

仕事がらみで読まなければならない本が詰まっていて、どうしても粗い読書になってしまうのが残念です。
しかし、これは厄介な本ですね。副題からは、〈過去〉から解き放たれたいという願望が仄かに伝わってくるのですが。

さて、何から話をしよう。
まずこの和解という言葉。どうも好きになれない。「和解」って何だろう。どんな状態を指しているのか。「平和」と同じくらい厄介な概念だと思いますが、それを敢えて主要概念として取り上げていくこの姿勢は評価したい。この本ではほとんど指摘されておらず、また確認した訳ではないので、僕の勝手な思い込みかもしれないけれども、この「和解」という概念は極めて神学的な、キリスト教的な概念という印象をもってきた。和解とは何よりも、「神」との和解であって、人間の原罪や様々な罪苦を悔い改めること、贖罪することを意味してきたのではないだろうか。そう思ってしまうのはいま『神曲 煉獄篇』を少しずつ読んでいるせいだろうか。ある種の罪、特に取り返しのつかないような罪を認識し、それを後悔し、贖おうとする行為。それは苦悶の道なのだが、その先に約束された平穏へ向けて歩みを進めること。あるいはその結果。こうした概念から日本の戦後を問うことは妥当なのか。難しい問題で、僕には自信のある答えがない。これがただ、西洋的(キリスト教的)概念だから、嫌とかいう訳ではないけれども、どうも引っかかりを感じてしまう。こうした手筈が織り込まれている「和解」という概念がいいのかわるいのか。そもそも「和解」なるものは可能なのか。ある取り返しのつかない行為を贖うこと、それは可能なのだろうか。
そういえばスラヴォイ・ジジェクは何かの本で、こうしたアウシュビッツなど強制収容所の出来事を、ホラー小説と重ね合わせながら「死者の帰還」として論じていた。人間が死ぬとき、それは二つの位相で死を経験する必要がある。一つは生物学的な位相における死であり、もう一つは象徴的な位相における死である。これはあるいは形相と質料に照応できるのだろうか。死者は適切な手順に従って弔われなければならず、これが行われなかったとき、死者は帰還する、いわばゾンビーとして。そしてジジェクはアウシュビッツなどをこうした次元から捉えていた。彼らは、生物学上は殺害されたが、象徴的なレベルでは殺害されなかった。であるならば、儀礼など適切なやり方を通して彼らを弔わなければならない、そしてそれがなされない限り彼らは帰還し続ける。こうジジェクは言った。しかし、それはいかにして可能なのか。ここでまた袋小路に突き当たることになる。

更にこうした和解の主体は何なのか、という疑問もある。「日本」が「中国」と和解する、というときにその「日本」が指しているものは日本「政府」なのか、あるいは日本「人」なのか。日本政府が中国政府と和解する、ということはありえる。日本人が中国人と和解する、ということは可能なのか。その時の日本人とは、また中国人とは、ある行為の当事者に限定されるのか、されないのか。そもそも自らが直接加担した訳でもない(したがって直接の当事者ではない)行為に対して和解する、ということは可能なのか。ある個人が、「日本人」を代表しなければならないのだろうか。もしそうでなければならないのなら、「日本人」であることを降りることによってその責は回避されうるものなのだろうか。これは小菅が触れないもう一つの回路となりうるのか。

この点について、小菅はとても興味深い議論を展開する。それは本書の序盤、和解と忘却について論じた箇所である。それによれば、近代以前(のヨーロッパ)では、講和と戦争行為の忘却が対となっており、忘却は積極的に推奨されていた。戦争中の行為を忘れてはならないものとみなされるようになったのは近代における産物にすぎない、という。そしてそれは二つの世界大戦の中で、より強調されるようになっていく。小菅は(明確に論じている訳ではないにせよ)ここで、こうした戦争を記憶し続けることと近代における国民国家形成が同時進行的に進んでいったことに注目している。なぜか。近代以前の戦争は、国家間の戦争であったのに対し、近代におけるそれは、国民国家間の戦争であった。例えば傭兵制から徴兵制への移行のように、近代において人々は、国家に積極的に参与する主体としての国民へと組み替えられていった。二つの世界大戦は総動員体制という言葉に表されるように、この国家へ国民を参与させる潮流を加速させることになる。その中で人々は戦争中の加害/被害の記憶を必然的に纏うようになっていく。そしてその記憶が、国民意識を再帰的に強化させていく役割を果たすことになる。つまり、この戦争の記憶という問題は国民国家と極めて深く結びついている。そのなかで、「日本」と「中国」が和解する、というような国民国家の枠組みを前提とした和解プロセスを議論すること自体、こうした国民国家の枠の外に出るものにはなりえない。場合によってはそうした国民意識を再生産するに留まってしまうのではないか。むしろそうした国民国家の枠組みの外に出ること、それこそが必要なのではないだろうか。日本に生まれた人と中国に生まれた人が友好を取り結ぶ、そのなかに「日本」や「中国」を代表するという認識が必要な訳ではない。というよりもそんなものが付け入る余地などないのではないだろうか。

この本は極めて危うい土台の上に乗っかっている。大きな構成からみても、序論だけぱらぱらしてもそれは明らかだ。「イギリス人捕虜問題」を彼女は和解の「成功例」と見なす。その「和解の成功」という非常に捉えにくい事態(例)を彼女はゴール地点に設け、それに合わせるかのように和解を論じる。そしてそれを和解プロセスのモデルケースと見なし、最後では日中関係に当てはめようとする。これはトートロジーに見えなくもない。何が成功かもよくわからないのにそれを理念型化して、文脈の大いに異なる他の事例に当てはめるやり方はちょっと危うさを感じざるを得ない。
具体的に見ていけば、その危うさはもっとよく見て取れる。例えば、1980年代まで日本の加害責任が国内で問われなかった背景として、東京裁判の内容開示が遅れたことを取り上げる。しかし、その前のページで日本国内でそれが出版されたのは1968年のことと言っている。なぜ10年以上の空白があったのか。また、仮に開示が遅れたことを理由の一端として認めるにせよ、それと日本の侵略地域などにおける加害責任が問われてこなかったことを素直に結びつけてよいのか。東京裁判によらずとも、そうした加害の記憶を取り上げることは可能だと普通は思うのだが、それがなされてこなかった理由は恐らく別のところに問われなければならない。同時になぜ80年代だったのかについても。またあるいはこのことと関連するかもしれないが、冷戦構造との関わりからの考察があまりにも脆弱だ。日本-英国と日本-中国では文脈が違いすぎる。さらに新聞記事的なトリックも見いだされる(「多くはAだったが、実はBもいたことを忘れてはならない」、と書くのと、「少数にはBもいたが、大多数はAであった」と書くのでは同じ事態を説明していても全く意味合いが異なる)。もっと言えば、彼女が「和解の成功例」として取り上げるイギリス捕虜問題の中で、「日英和解」を評価したいあまり、次のように語る。

むろん今日においても、過去を根拠とする偏見は日英双方に残存する。英国大手新聞のコラムニストのなかには、異様なまでに根拠のない日本批判を行う者もいるし、日本の論者のなかにも英国は過去において他国侵略しかしなかったような文章を書く者もいる。いうまでもなく、こうした他国批判は「売れる」から日の目を見るのだ。


このあとには「その一方で」、と和解活動が進んでいることを評価する記述が続くのだか、そこは置いておこう。ここで引いた文章の最大の問題は、なぜこうした日本批判、英国批判があるのか、という理由で「売れる」から、といった程度の分析に留まっていることだろう。彼女に問いたいのは、では「なぜ売れるのか?」ということだ。売れるということは、すなわちそれを求める人がいるということだろう。こうした偏見や憎悪を助長する議論を欲望する人々が多数いることをはっきり彼女は認めてしまっている。それが彼女の成功例とする和解なのだろうか。和解するのは誰なのか。何をもって和解とするのか。この点があまりにも弱い。
和解という非常に困難な問題に彼女はよく立ち向かっていると思うし、その姿勢は評価したい。本書を読んでいても新鮮な驚きがあったし、目を見開かされた。結論部はあまりにもナイーヴだけれど、それはそれでいいと思う。
ただ、仮に「日本」と「中国」という枠組みを措定するとき、次のようなアナロジーも考えられるのではないか。

あるいじめっ子が、いじめられっ子をボコボコにして瀕死の重傷を負わせた。その後でいじめっ子がこういう、「ごめんな、和解しないか?」「もういいだろう。なぜ和解してくれないんだ?」「今が和解する一番いいタイミングだぜ。」「和解に応じようとしない君にはちょっと問題があるのかもしれないね。」

余りにいい加減な喩えだとの謗りは免れえないだろうけれど、これってやっぱり変な話じゃないだろうか。

2010年1月28日木曜日

比屋根照夫 『戦後沖縄の精神と思想』

前近代時代には日本と中国に「両属」関係にあった琉球国(沖縄)。琉球処分にはじまる帝国日本からの吸収合併の圧力にどのように対したか。帝国日本のアジア蔑視を批判する知性を生み出した沖縄。沖縄戦の惨禍から無戦の思想を紡いだ精神と思想を掘り起こす。

本当は、明石書店の本はあまり買いたくはないのですが。
近現代沖縄思想史、とでもいうべきでしょうか、こういうとすごくマニアックな印象を与えてしまいますね。ただ、比屋根さんの問題関心は一方にはこうした沖縄思想の探求に、他方には基地問題など沖縄が抱え続けている極めてアクチュアルな諸問題へ、という二つの方向に向いています。これらは独立したものとしてはありえず、それらは極めて重要な部分で折り重なっている、そういったことなのだと思います。
だからこそ、彼は各論文(三部に分割された論文集のような体裁となっています)の冒頭には必ず、「今現在」の沖縄での出来事を取り上げる。そしてそれと深く関係するテーマを抽出し、思想的な探求を行う、という手順を経るのでしょう。

この本のなかでとりわけ関心を引かれたのは三点。一つは、本土の知識人の沖縄へのまなざしを探求していること。具体的な人物としては、中野好夫、大江健三郎、竹内好、鹿野政直など。それぞれの分析は必ずしも深いとは思わなかったが、こうした本土の沖縄を巡る言論と、沖縄における沖縄を巡る言論を比較しながら議論をするという試みは面白い。二つめは、近代沖縄思想の探求。伊波普猷くらいしか知らなかったけれど、彼の弟、伊波月城や、伊波普猷を師とし、後にハワイに移住した比嘉静観、あるいはゾルゲ事件に連座し、拘留中に死亡した宮城与徳など、様々な思想が育まれていたこと。そして、それが反-植民地主義、反-帝国主義の色合いを示しながら、東アジアにおける民族自決をめざす諸闘争に深く共鳴を示してきたこと。非戦や不戦の、その先にある「無戦論」を唱えた比嘉静観の思想はとくに印象的。最後に、アメリカ占領下の沖縄思想の探求。たとえば50年代後半、沖縄人民党の瀬長氏の那覇市長当選をめぐる、米軍政府、実業界などの反応とそれを静観した沖縄の言論空間についての分析はとても興味深い。さらに、本書の終盤、中屋幸吉を辿った論文は一読に値する。占領下を生きる沖縄の若者が、自殺を選んだ(やはり選ばさせられた、というべきだろうか)経緯と、彼の迸るような叫びは、とても痛々しい。孫引きになってしまうが、やはりこの一節だけは引用しておきたい。

四十日間も暮らした本土。東京の生活を通じて、常に死の意識の底にうごめいていたものは、沖縄であった。オキナワ。そう今の私は、沖縄という風土の集約的表現としてしか存在しえないことをつくづくと感じる。沖縄に生まれ、育ったボク。オキナワ、あまりにオキナワ人らしいボク。日本人というには、あまりにオキナワ的なボク。オキナワ的思惟方法。オキナワ的現実意識。オキナワ的存在形態とその把握。そうだ、ボクは、あまりにオキナワ的すぎるようだ。ボクにとって、オキナワは、自分の影である。現実的に私の精神的表現であるオキナワ、私の故郷オキナワ。私がオキナワでなくなったとき、私は何になるか。日本人か、国籍不明(正体不明)か。私の生みの親であり、もう一つの私であるオキナワ。私からオキナワがなくなる時があるか。私は、世界人であるべきであり、オキナワ人であってはいけないか。世界をオキナワからみてはいけないか。


中屋幸吉については、仲里効も『オキナワ、イメージの縁』で取り上げていた。あの本は沖縄研究のなかで、特に反復帰論の研究のなかで極めて重要な著作だと思う。そして仲里効は、沖縄をめぐる、今最も注目すべき批評家/研究者の一人であることは間違いないだろう。

なぜか仲里さんで〆てしまった。比屋根さんの研究はとても重要なのはいうまでもありません。今は宮城与徳に関する執筆と、ソ連に連れて行かれ、粛清にあった沖縄人青年に関する研究を進めているようです。

2010年1月27日水曜日

カルロス・フエンテス 『フエンテス短編集―アウラ・純な魂他四篇』

「…月四千ペソ」。新聞広告にひかれてドンセーレス街を訪ねた青年フェリーペが、永遠に現在を生きるコンスエロ夫人のなかに迷い込む、幽冥界神話「アウラ」。ヨーロッパ文明との遍歴からメキシコへの逃れようのない回帰を兄妹の愛に重ねて描く「純な魂」。メキシコの代表的作家フエンテス(1928‐)が、不気味で幻想的な世界を作りあげる。

6篇収録されていますが、それぞれ違った面白さがあります。全体的には、幻想性+生々しさ+官能性でしょうか。ゴシック的な色合いも濃く、魔術的リアリズムと呼ぶに相応しい作品です。
男‐女、若者‐老人、正気‐狂気、メキシコ(インディオ、土着性)‐西洋、そして生‐死。こうしたいくつもの二項対立を扱うことを得意としているようです。これら背反的な二項のあいだを、フエンテスは文字通り魔術的な技法を用い、登場人物を行き来させます。例えば、『アウラ』においてはコンスエロ(老、醜)とアウラ(若、美)は対比的ですが、物語が進むにつれてアウラがコンスエロの映し鏡であることが明らかになります。そしてアウラに好感を抱いていたフェリーぺも、コンスエロの夫であったリョレンテ将軍の回顧録を整理していく中で、彼と一体化していきます。フエンテスの巧みさは、こうした魔術的な出来事が生じる舞台の設計技法にも見て取れるでしょう。コンスエロらが住まう家の不気味さの描き方は読んでいるこちらが薄気味悪くなるほどリアルで、廊下のシーンなどはギシッ、ギシッとどこかから音が聴こえてくるような気がしたほどでした。その不気味さは、この小説で彼が「君」という二人称を用いていることによって助長されることになります。読み進めるうちにいつしか読み手はフェリーぺと一体となり、この物語を彼と共有することになるわけです。舞台の気味悪さといえば、『女王人形』は…すごかったです。公園の牧歌的な明るい雰囲気と対を成すようなアミラミアの家の描写。
彼は、上記のように男‐女、老い‐若さのような対の構造を利用しながら、それを崩すことによって読者をひきつけるわけですが、そうした際に(少なくともこの短編集で)彼が用いている媒介に鏡と手紙があります。鏡は、『アウラ』や『最後の恋』に、手紙は『純な魂』や『チャック・モール』にそれぞれ登場します。『最後の恋』のなかで鏡は出だしとラストに登場します。そして同一人物が同じ日に鏡を見るのにもかかわらず、前者と後者でそこに写る像が全く変わってしまう。これは人が鏡に何を視ているのか、という問題とも関わることなのかもしれません。私たちは鏡を視ているときに、そこに理想化された自己を同時に見いだしています。『最後の恋』で鏡に映る像が変わってしまうのは、鏡自体が歪んでいるからではなく、鏡に向かう人物の現実の像が変わってしまったからでもなく、そこに見いだそうとする自己像が決定的に変わってしまったから、なのではないでしょうか。当初においては、見いだされていたこうありたい自己像が、その後の出来事の中で崩壊をきたし現実としての自己に直面する。それゆえにこの変容が起こったのだとしたら、幻想が入り込んでいるのは、終盤の鏡ではなく、序盤の鏡だということになります。であれば、私たちにとっての日常や現実それ自体が、あるいはこうした幻想によって構築されているのかもしれない、という疑念すら抱いてしまいます。こうした幻想と現実の関係をもフエンテスは効果的に利用しているわけです。
解説のなかで、もっと違った角度から、訳者がそれぞれの短編集のとても興味深い分析を展開しているのでぜひご参照ください。
これはいい短編集、おすすめは『アウラ』と『女王人形』です。

ダンテ・アリギエーリ 『神曲 地獄篇』

1300年春、人生の道の半ば、35歳のダンテは古代ローマの大詩人ウェルギリウスの導きをえて、生き身のまま地獄・煉獄・天国をめぐる旅に出る。地獄の門をくぐり、永劫の呵責をうける亡者たちと出会いながら二人は地獄の谷を降りて行く。最高の名訳で贈る、世界文学の最高傑作。第1部地獄篇。

昔、読みたいなぁと思い、書店で岩波文庫のをパラパラして、あぁムリだ、と思ったことがあります。あれは山川丙三郎さんの訳でしたか。河出文庫から平川訳が刊行されだしたのは一昨年のこと。いつ読むかはわからないけれど、と思いながら買っておいた記憶があります。
それを読み出したきっかけは、友人から、『神曲』をモチーフにしたロメオ・カステルッチの舞台&インスタレーションの話を聞いたこと。そんなんやってたなんて知らなかったよ、と思いながらその話を聞くうちにどうにもこうにも読みたくなってきた。それで買っておいたことを思い出して、読み出してみたら面白いじゃないか、と。「読むの難しいんだろうなぁ…」って思って躊躇っているひとがいたら、河出文庫版を強く薦めます。
きっと山川訳も寿岳訳もそれなりに個性と良さがあるんでしょうし、その辺は好みとかにもよるんでしょうが、とりあえず、1つの作品をこれだけのヴァージョンで楽しめることを素直に喜ぶべきでしょう。

平川さんによる河出文庫版は、言葉も平易ですし、訳注も、単なる用語解説に留まらず、さまざまな関連テクストにおける記述なども引用されていて、とても参考になります。

まだ地獄篇しか読んでいないし、関連テクストも全く読んでいない状況ですが、それでもすごく面白い。まず、ギリシア・ローマ的世界観とキリスト教的世界観がこういった形で融合を果たしているんだという素直な驚きがあります。次に、ダンテの描写力・表現力・創造力、これは尋常じゃないですね。地獄というフィクションをここまで見事に構築するのか、と。その全体構造もすばらしいけれど、ここの描写も非常に迫力があります。遠くから見ても、ごく間近に接近してみてもすばらしい。確かに、ゴシック式聖堂のような、という喩えは言い当て妙ですね。
例えば、地獄篇の第13歌、第7の圏谷の第2の円の自殺者たちが樹に変えられた森で、ダンテがある樹の一本の枝をもいだときの描写。「緑の生木の一方の端が燃えるとき、/もう一方の端ではじわじわと煮えたぎり、/熱気が洩れざまにしゅーしゅーと音をたてる。/それと同じように枝をもがれた幹から言葉と血が/もろともに吹き出した。私は枝を地に落として、/おびえた人のように立ちすくんだ」。生々しいというか写実的。僕からみれば、全体としては地獄なんて想像の構築物でしょ、と思うのだけれど、この構築物の土壌は驚くほどリアルな描写が積み重なっている。そこに登場する様々な人物と彼らが語る物語、そして彼らが蒙っている罰とその描写の巧みさ。それらによってこの「地獄」は圧倒的な存在感をもって屹立している。
あと、ダンテのなんともいえない人間臭さ。過剰な自己アピールと、怖がりっぷりと、罰を受けているものに対しての反応(怒ったり、涙を流したり、髪を引っ張ったり)とか。先生、先生と金魚のフンみたいに付いて回って、調子に乗ると先生に窘められてしゅんとする。俺は良心だ!的な態度を強調しながら、罪人には平気で嘘をついたり、喋らせようと暴行を加えたり。なんだ面白いじゃないかと。ふざけた感想ですみませんが。
あと、平川さんも指摘していましたが、地獄のなかに登場する英雄性を帯びた人物たち。苛烈な罰をもろともせず耐え抜く人々に対して、ダンテはどこかしら好意を抱きながら叙述しているように感じる。何故だろうか。
ただ、このモスクやムハンマドの描写は確かに、イスラーム教の人々からしたら許し難いでしょうね。ダンテのこのイスラーム嫌悪(恐怖)は当時の人々にも共有されていたものなのでしょうか。
あと、気になったのはこの圏谷の構成とそれに対応する罪、について。1300年ごろに罪というのがどのように序列化されていたか、を読み取ることができて興味深いです。構成についてはWikipediaがよくまとまっていて参考になりました。他にも書きたいことはいくつもあるのですが、先に煉獄に行かなくてはならないので、ここまで。

2010年1月22日金曜日

キャサリン・ベルシー 『ポスト構造主義』

ソシュールの言語論を端緒にうまれた,フーコー,デリダから,ジジェクやリオタールへと至る現代思想の潮流.「ポスト構造主義」と呼ばれる彼らの思想の可能性を,「ことばの意味」の決定システムを手がかりにあざやかに解説する.単なる知的ゲームでは決してない,「主体」のなんたるかを徹底的に問う骨太の議論の流れがみえてくる.

『文化と現実界』の著者ですね、あの本はなかなか面白かった気がする。とはいえ、きちんと咀嚼できたはずはなく、読み返したい気むんむんですが。印象的だったのはジジェクに対しての批判だったろうか。とりわけ〈現実界〉に関して。これは未だに納得いきかねる部分で、『否定的なものの下への滞留』がポイントになるのかもしれないのだけれど、勉強不足でむりだったんですね。がっかり。大雑把にいえばラカニアンでありながらヘーゲリアンでもあることなど可能なのか。それはラカンにおける〈現実界〉をやがて呑み込まれてしまう「残余」として扱ってしまうことになるのではないか、という批判だった(ような気がする)。まぁそれは別の機会に。

とにかく。
なぜかこの本だけ著者名が「ベルジー」となっていて混乱しますが(Amazonでは別の著者の扱いになってる)、同一人物です。たぶん、岩波の人はこの本を訳すにあたって「1冊でわかる」シリーズと銘打ったことを後悔したでしょう(しなきゃダメだよね)。あくまでこれはA Very Short Introductionであって、「1冊でわかる」というコンセプトで作ったわけじゃないんだから。このシリーズはいいですね。ダナ・アーノルド『美術史』に続いて読みましたが、勉強になります。このシリーズはもっと読みすすめてみようか。
ソシュール、クリステヴァ、ロラン・バルト、アルチュセール、レヴィ=ストロース、フーコー、ラカン、デリダ、リオタールへ。文体も平易で、一歩ずつ踏みしめながら進んでいってくれるので、安心して付いていける。入門書としてはとてもいいですね。ポスト構造主義とかポストモダンって結局はさぁ~、とかいいたがりな人、それに言い返したいけれどどういえばいいかわからない人、おすすめです。それってただのブームでしょ、とかもう過去の話でしょ、とかよくわからないのに口走っちゃう人、おすすめです。
文学、芸術作品、映画などにも再三にわたって言及していて、図版も入ってますし、ある程度前提のある人にもいいブラッシュアップになるんじゃないでしょうか。ただ、あとがきで妙な口調で訳者が言うように「わかる」わけではない。あくまでもこの本は導入です。そして導入としては最適な著作だと思います。読書案内も付いていますし(訳者の一言コメントつき)。なんだかロラン・バルト、気になります。『神話作用』読んでみたい。『S/Z』読んでみたい。「テクストの向こう側には何もない」 何かがあるとすればテクストと「読者」のあいだにおいて、だろうか。テクストそれ自体を読むこと。気になる。

2010年1月21日木曜日

コーマック・マッカーシー 『ブラッド・メリディアン』

少年は、十四歳で家出し、物乞いや盗みで生計を立て各地を放浪していた。時はアメリカの開拓時代。あらゆる人種と言語が入り乱れ、荒野は暴力と野蛮と堕落に支配されていた。行くあてのない旅の末、少年は、以前より見知っていた「判事」と呼ばれる二メートル超の巨漢の誘いで、グラントン大尉率いるインディアン討伐隊に加わった。哲学、科学、外国語に精通する一方で、何の躊躇もなく罪なき人々を殺していくこの奇怪な判事との再会により、少年の運命は残酷の極みに呑み込まれるのだった―。『ニューヨーク・タイムズ』紙上で、著名作家の投票によるベスト・アメリカン・ノヴェルズ(2006‐1981)に選出。少年と不法戦士たちの旅路を冷徹な筆致で綴る、巨匠の代表作。

コーマック・マッカーシーを読み始めたのは、『ノーカントリー』(No Country for Old Men)の映画を観たことだった。字幕がなかったから飛行機かどっかで見たんだろう。監督はコーエン兄弟、コーマック・マッカーシーとコーエン兄弟、確かにこれ以上の組み合わせはありえない。僕の英語能力を考えれば、セリフを追うのに必死だったはずなのだが、すぐにそんなことは気にならなくなった。引き込まれた、というよりも巻き込まれたんだろう、コーエン兄弟とコーマック・マッカーシーが協働した世界に。そして、たぶんこの巻き込まれる、そして押し流されるというのは『ノーカントリー』(この邦題は意味不明だなぁ、しかし)においても、そしてコーマック・マッカーシーの作品においても、重要な意味をもつ。巻き込まれたということは、選択することなどできなかった、ということ。彼の小説に出てくる人物は、ひたすらに押し流されていく。しかし、何によって?

『ブラッド・メリディアン』においてもそうだった、ある人物をのぞいては。この小説においてもっとも際立った印象を与える「判事」と呼ばれるこの人物は裁定者そのものだ。残虐的であり、語学も堪能で、その驚異的な博識をほこり、火薬が欠けたときは火山から硫黄を蝙蝠の蠢く洞窟から硝石を採集し、自ら作り上げる。行く先々で様々なものを手に取り、それをスケッチし、その後に破壊する。神を否定し、戦争こそ人間を人間たらしめている本性だと喝破する。こうした人物の中に訳者はニーチェと『闇の奥』のクルツ大佐を見いだす。無論、判事については、小説のなかで『彼にどんな先行者がいたにせよ彼はその総和とはまったく別の存在であり彼を分割していろいろな起源に還元するための方法はない、というのも彼は自身を分割させないからだ』と語られてはいるのだが。判事の源を具体的な人物に見いだすことはできないし、ニーチェとクルツを足しても判事は出てこない。あるいは彼はそうした位相にはいない。彼は、象徴的な、あるいは抽象的な、「(大文字の)人間」そのものとして考えるべきなのかもしれない。自信はないけれども。ここに登場する判事は『血と暴力の国』に登場するシュガーとは趣が違う。したがって彼は「純粋悪」でもない。
舞台についても少し考えてみるべきだろうか。アメリカでもなければメキシコでもない、〈フロンティア〉についても。ここは莫大な空白であって、西洋的概念としての「人間」(フマニタス)の枠外だった。広大な残余。「人間」の統治も行き届かない領域。そこに乗り込んでいく判事は、先に触れたように行く先々で様々な「未知」を採集し、スケッチし、処分する。それはあたかも「人間」の外部にある「自然」(「野蛮人」も含めて)を採集し、博物館に陳列するという植民地主義の有り様を思い起こさせる。ある事物を西欧に運び、博物館に陳列する、そうした展示会を物へのフェティシズムの巡礼地といったのはベンヤミンだったか。コレクション(これはインディアン討伐隊の、耳で作った首飾りや頭皮狩りを思い出させる)すること、その過程でその事物は本来の意味を剥奪され、つまりは殺される(したがって全てのコレクションは「死んでいる」)。そして持ち主によって分類され、展示される(「これは黒んぼの耳か?」)。つまり、判事のやっていることはそうした行為を極めて具体的な形でやっているに過ぎない。空白地帯で行われるこの過程は、インディアンの虐殺も含めて「人間」の過程そのものだった。
あるいはコンマをほとんど使わず、地の文で会話を描くマッカーシーの文体。ある部分を見ると、とても切り詰められていてミニマルな印象を与える。けれども、自然や動物の描写は驚くほど豊かだし、会話だって(話者にも夜が)とても切り詰められたとはいいがたい。切り詰められている、という印象を与えるのはきっと心情を描写することがほとんどないからだろう。ある意味で、マッカーシーの小説では「自然」も「動物」も「人間」も等しく描写される。「人間」を特権化しないし、「自然」を単なる客体に、あるいは書き割りに落とし込まない。そこにマッカーシーの「人間」観を見いだそうとするのはあまりにも強引だろうか。
とはいえ、こういう読みはあまりにもこの小説を矮小化させてしまっているのではと少し反省する。結論としては面白い+αがある小説。おすすめ。

コーマック・マッカーシーの他の著作の感想駄文は以下の通り。
『越境』
『全ての美しい馬』

2010年1月17日日曜日

ヴィルヘルム・ディルタイ 『近代美学史―近代美学の三期と現代美学の課題』

ディルタイの芸術観を集約する代表的論文集で,一八九二年に発表された.近代美学における十七,十八,十九世紀の三期の特徴を明解に跡づけて,その歴史的帰結から当時における美学の課題を明らかにしようとする.特に,自然主義が果たした歴史的役割を重視してその将来性を強調,示唆するところは大きい.

薄い本ですが、なかなか面白いです。19世紀末という、美術史上の大転換期に書かれたというだけでも興味深い。美術、批評、公衆との相互の関係を取り戻すという(無論20世紀を目前とした、しかしあるいは今日においても?)現代美学の課題を冒頭に掲げ、17世紀的美学、18世紀的美学、19世紀的美学の有り様を見定めることによって、その課題に向き合おうとする。

17世紀的な美学とは何か?ディルタイはそれを唯理的美学として捉える。そしてその祖として注目するのはライプニッツであった。彼はライプニッツのなかに多の一への合一を見いだす。多様なものの統一、あるいは「調和」や「秩序」、あらゆる美はここから生じるとする。「美に対する喜びとはつまり心の力の裏にひそむ、多における統一を成就する法則にしたがって強められた心の力によって生じる意識の結果」である。したがって唯理的美学においては、美は感性的なものにおける論理的なものの表れとして理解される。しかしディルタイは、なぜ「調和」から美が生じるのかという問いに、この時代の美学者は充分に向き合っていないとする。

18世紀美学において、美学者たちは「美」をいわば因数分解していこうとした。つまり、「審美分析/印象分析」である。人々がある美術作品に触れる。そしてそこからさまざまな印象を受け、その総体として美を見いだす。そうした「美」をなすさまざまな印象は、それぞれ対象が包含しているある特質から見いだされたものであり、その結びつきから彼らは普遍性を見いだそうとした。これに対してディルタイは、印象分析は円環論法に陥っている、つまり彼らは美を作り出す要素を探りながら、「美的効果を持つもの」という概念を所与のものとしていると批判する。彼らは「美とは何か」に向き合っているようだが、その探求に当たって美を印象付ける何ものかをあらかじめ設定している、というわけだ。更に、この探求が普遍性を持ち得ない点を指弾する。

こうした二つの美学的方法を補足するものとして彼は歴史的方法を取り上げる。この方法は四つの契機によって徐々に完成された;①ドイツ先験哲学による人間の創造能力の確認、②この創造的能力とそれが模倣する自然の美しい対象(自然美?)との関係、③芸術家の表現手段やその条件との関係、④芸術の発展史的理解。ここにはヘーゲル歴史哲学からの影響が深く根付いているという。印象分析よりも芸術的な創造活動に注目し、その実証的・歴史的な叙述・分析によってアプローチしていく。

ラファエロの作品をラファエロのそれたらしめているもの、モーツァルトの旋律を他の音楽家のそれと区別せしめているもの、それが「様式」である、と彼は言う。そしてその様式がもたらす言語化しきれない印象があり、その芸術の享受の過程は創作の過程と相似していることを指摘する。

我々はある偉大な創造的人間の眼をもって、而していわばその心を通して実相を諦視しようとするとき、また空間的に大いなるもの、動的あるいは倫理的に崇高なものを捉えようとするとき、これは強められた力の伸張を要求する。我々のあらゆる感官、心情、精神の力は呼び覚まされ、生気づけられ、高められる。しかもその際我々の態度はただ再構成することだけなのだから、この力の要求が我々の力に余るということはない。


つまり、芸術品の意義は、それが私たちの感性を鋭敏にし、心を豊かにするところにある。そして、時代や地域を問わずともそうした力を発揮する美術作品こそが「古典」であると彼は言う。作品の真贋や価値を決めるのはこうした力のみであって、抽象的な「美」なるものではない。したがって、絶対的な美などもなければ、その審判者もいない。

その上で彼は「自然主義」へと言及を進める。模倣芸術に関して彼がまず言うのは、肖像画を例に取れば明らかなように、それは単なる現実の模倣ではない。現実の実相がもっともよく表れ出ている点(彼はそれを印象点と呼ぶ)を把握し、それに基づいて現実を描くとき、それは現実の模倣に留まらず、現実の実相のもっとも深い一面を抉り出すことができる……

あまり触れたことのない内容ばかりだったので、復習がてらさくっと整理してみました。例によって誤読はあるでしょうが、薄いけれども色々と勉強になりました。ゼンパーって誰?って感じだったんですが、ここまで絶賛されると気になりますね。20世紀的美学はあったか?図像解釈学のように社会的なものや歴史的なものの表れとしての芸術を捉えるのって美学なのかよく分かりません。「美」というものを社会的なもの、歴史的なものに落とし込んでしまったという評価が適切なのか、あるいは「美」というものはそもそもそのようなものなのか。少し今年はこのことについて勉強してみようかと思います。ただ、上記の引用はとても気に入りました。

2010年1月12日火曜日

トマス・ピンチョン 『ヴァインランド』

1984年、ある夏の朝。北カリフォルニアの山中で14歳の娘とふたり、ジャンクにクレイジーに暮らすヒッピーおやじゾイドの目覚めから物語は始まる。ゾイドを執拗に追う麻薬取締官、娘を狙う連邦政府、その権力の魔の手から逃れながら、母探しの旅に出る娘。そして物語は60年代へ、ラディカル映画集団の一員だった母の記録映像を見る娘の眼差しと共に、バークリィでのデモ隊と機動隊の衝突現場へズーム・インする。闘争の渦中で母を救出するDLは、マフィアのドンに雇われ殺人忍法を操る「くノ一」。その女忍者とコンビを組むカルマ調整師のタケシ、彼らにカルマを調整してもらうヴェトナム戦争の死者のゾンビ「シンデルロ」…次々と出現する登場人物を巻き込んで、仕掛けに満ちたピンチョン・ワールドは時のうねりの中を突き進む―全米図書賞受賞の大作『重力の虹』以来17年の沈黙を破って発表された本書は、ギャグ満載のポップな装いの下に、輝けるアメリカを覆う呪われたアメリカ、官憲国家の狂気を、繊細に重厚に、ときにセンチメンタルに描き出す。名訳をさらに磨きあげ、注釈も全面改訂。

完全にやられてしまったので、全く読むに耐えない感想ですが、とりあえず断片的に。
この小説には語らなくてはいけないことがあまりにも多すぎる。そして僕が語れることはあまりに少なすぎる。



世界全集の方で読みました。そちらの方が1000円くらい安かったので、待った甲斐があったかなと。


すごい、というとバカの一つ覚えみたいですが、すごいとしかいいようがない。「カオスの縁」って言葉を思い出しました。λ=0.273って何のこっちゃわかんないし、カオス理論なんて分かるわけもなく、ただ比喩として。秩序でもカオスでもなく、もっとも複雑でもっとも多様な状態。ここに限りなく近い小説じゃないかと。


チープでポップでキッチュなものをひたすらに集めてそれらを組み合わせる。その果てにできた不可思議かつ巨大な機械、それがこの小説のような気がする。ガラクタ(少なくともそう見えるもの)を集めて、こんな機械を作り上げるピンチョンは、やはりとんでもないマッド・サイエンティストでしょう。60年代も70年代も80年代も知らない、しかも日本に生まれた僕にとっては理解に苦しむ世界。ゴテゴテして、サイケデリックで、くだらない。けれども(だからこそ、か?)抜群に面白い。ニヤニヤしながら読んでいました。


そういえば「再会の時」って映画があった。あれは1983年らしい。レーガン政権下で60年代の回顧が起こるって分かるような分からないような。ともあれその映画は、60年代後半の時に大学生活を一緒にすごした仲間のうちの一人がある日自殺をしてしまって、彼の葬儀で十数年ぶりに仲間に再会するところから話は始まるんですけど、この映画の根底にひたすら流れているのはやはり1968年前後とその頃の自分たちへのノスタルジー。登場人物の一人が仲間に向かって「あれがファッションだったなんて思いたくない」、って言う。ノスタルジーは別にいい。この映画が一番皮肉なのは、68年前後の連帯togethernessにも関わらず、それから十数年間会いもしなかったということ。そしてある者の死を通じて再会し、再び結びつく。この辺が全く理解できない。ましてや日本の云々は… まぁいいや。


レーガンの「古き良き、そして強いアメリカ」もアメリカならば、ここでピンチョンの描くアメリカは「もう一つのアメリカ」なのだろう。いや違うか、同じアメリカの別の顔か。世界中に毒を撒き散らかし続けるこの国は、必然的にその内部にも毒を撒き散らかしてきた。そしてその毒を喰らいながら肥大化し続ける国、必然的に病を抱え込んだ国。レーガンやらニクソンやらにも痛罵が飛び交いします(それもまたよし)。


あと、ラストの寓話は何とも痛烈。これは読んだ人のお楽しみなので伏せておきます。
けれども、最後には彼らはホーム(故郷=祖国)を発見する。そして朝になり光が差し込む。
とてもいい終わり方。


軽妙な文体がいいです。癖になります。引き込まれる。日常生活でも会話や空想、映像の世界にいつのまにか引き込まれるということありますが、小説でここまで再現できるのってすごいと思います。気付いたら60年代になってたり、ふと現在に引き戻されて「あれっ?」ってなったり。


翻訳がやりすぎとか言われてますが、Against The Dayを序盤早々にあっさりと挫折した僕から言わせれば、じゃあ原書で読めば、ってこと。


繰り返し読み返すことになるだろうな、という予感。読むたびに発見がありそう。注釈などに触れられている音楽・ドラマ・映画などについてもっと知っていれば、と思う。そうしたらイメージが爆発的に広がるんだろう。そんな広がりを秘めた小説。僕はこの一端しかまだ知りません。

2010年1月8日金曜日

長嶋有 『猛スピードで母は』

「私、結婚するかもしれないから」「すごいね」。小六の慎は結婚をほのめかす母を冷静に見つめ、恋人らしき男とも適度にうまくやっていく。現実に立ち向う母を子供の皮膚感覚で描いた芥川賞受賞作と、大胆でかっこいい父の愛人・洋子さんとの共同生活を爽やかに綴った文学界新人賞受賞作「サイドカーに犬」を収録。

長嶋有、初めて読みました。文学界新人賞×芥川賞×大江健三郎賞ってどんなもんだろうと思いましたが、そう大騒ぎするほどでもないですね。まぁ面白かったですけれど。いまとある文学賞の下読みをしているのですが、もしこういった作品がそんなかに交じっていたら、確かに高評価を付けます。そつがないといえばいいのか、男性も女性も子どもも、上手に描きますね。うん、「そつがない」とか「こじんまり」とかいう評価がぴったりな気がする。これを読む限り、大江がなぜ第1回の大江健三郎賞にこの作品を選んだのか分かりません。受賞作が優れているのか、それともそれだけ文学の枯渇化が進んでいるのか。安藤礼二が受賞したのは判る気がするけど。
なんかもっとこう、読後に頭がぐちゃぐちゃになっちゃうような、そんな小説が読みたいなぁ。僕にはちょっと淡白でした。味が濃いほうが好きなので。

2010年1月2日土曜日

平野啓一郎 『ドーン』

最高の純文学にして究極のエンターテインメント! 2033年、人類で初めて火星に降りたった宇宙飛行士・佐野明日人。しかし、宇宙船「DAWN」の中ではある事件が起きていた。世界的英雄・明日人を巻き込む人類を揺るがす秘密とは?

Amazonレビューは高評価ですが、僕的にはイマイチです。
いや、きっと言いたいこと、考えたいことが色々あって、それらを真摯に小説に詰め込んだんだろうし、宇宙船からネットメディア、監視社会、国際関係やアメリカの選挙にいたるまで、これだけ詰め込める、描きこめるというのは評価されるべきなんだろう。分人主義dividualismとか不領土国家とかアイディアもおもしろいのかもしれない。でも分人主義ってだから何だね?って感じです。ゴッフマン的な話かと思ったらそれだけじゃないような感じになっていって、なんでもかんでもこの言葉で片付けようとしていく。便利でかっこいい言葉ですが。
不領土国家もすごいですね、脱‐領土化とか再‐領土化とか話している中でいきなり「不」領土国家ですからね。しかも信託(?)会社がやっているような感じの描き方もなかなかはっちゃけているなぁ、と。
でも全体的にはこれ面白くなかったんですね。なんでだろう。まず文章自体に色気が全くないのが嫌ですね。それに人間がロボットくんとロボットさんみたい。血が通ってない、平野さんのマリオネットでしかない。あとせっかく初めて火星に降り立ったんなら火星の話をもっとしてくれよ、とか思ったり。「最高の純文学」(惹句より)なら誰も行ったことがない火星の様子を文学的に表現してみせてくれよ、と。もはや言いがかりですが。
色々アイディアや思うところはあるんだろうけど、「詰め込みすぎ」です。散漫な感じ。総じて、登場人物も火星への有人探査も、大統領選もすべては舞台とその書割でしかない。内容は平野さんの独り語りです。ちなみに僕は無重力空間で人はいかにして性交渉を行うのか、そればっかり気になりました。