2010年5月24日月曜日

都甲幸治 『偽アメリカ文学の誕生』

フィッツジェラルド、サリンジャー、デリーロはもちろん本邦初紹介の作家から、日本では知られざる村上春樹の素顔にいたるまで最新型の“アメリカ文学”の魅力をこの一冊にパッケージ!21世紀もっとも話題のアメリカ文学者・都甲幸治の第一評論集、ついに刊行。

今月は日本の小説を読もう、と思っていたのだけれど、どうにも飽きてしまってふと手に取った本。都甲幸治って誰ですか、って感じだったけど、柴田さんの教え子なんですね。ふーん。

まぁ買いかどうかは置いておいて、図書館で借りるくらいはいいんじゃないでしょうか。さっくり読めてしまうし、読み返すことはあんまりないと思うので。
いかんせん文章が粗いし、別にテーマがある訳でもない。深い考察がある訳でもない。ブックガイド? うん、そんな言葉がぴったり。引用を除いたら内容がほとんどなくなってしまいそう、そんな本です。「偽アメリカ文学」ってキャッチーな響きだけど、結局のところそれだけの話?って思わなくもないし、もっと掘り下げられるテーマだとは思うのだけれど。ところどころフーコーやらスピヴァクやらボードリヤールやら(アメリカ文学の話なのにドゥルーズは出てきません、がっかり)が出てくるけど、装飾、といった印象は拭えない。

だけど、幾つかの点で評価するとしたら、まず村上春樹の海外でのインタビューを訳して載せている点。これは、彼が海外メディアへのインタビューで色々な話をしていることは知ってるけど、別に調べるほどの関心はないよね、という人(僕のことです)にとって。二つめに、現代アメリカ文学の書き手を紹介してくれていることについて。とはいえ「翻訳では読めないアメリカ文学」にデニス・ジョンソンが載っているのはいかがなものか。刊行の時点で少なくとも『ジーザス・サン』は刊行されていたし、『煙の樹』だってエクス・リブリスの刊行予定にあったじゃないか。追記なりなんなりしとけよ、とか思ってしまいます。別に細部に突っ込みたい訳ではなくて、こうやってあちこちに書いた文章を1冊の本として刊行するんだったら、ある程度の一貫性はもたせて、内容も加筆・修正するべきだと思うわけです。まぁいいや。で、評価する3点めはドン・デリーロにかなりの頁数を割いて個別の作品を紹介していること。ドン・デリーロと言えば、そのほとんどの作品が絶版状態でなかなか手に入らない、「読みたいけど読めない作家」を典型する書き手ですね。古本高すぎだろ、とか思いつつ、いまだに『墜ちていく男』以外読めていません。評価は高いのに、日本での知名度はピンチョンやら故アップダイクやらコーマック・マッカーシーやらに比べるとさほど高くない印象。彼を紹介してくれた意義は大きい。ますます読みたくなった。これだけで、この本のブックガイドとしての役割は十分に果たされたと思う。
ドン・デリーロと言えば、半年位前にヘイドン・ホワイト(『メタヒストリー』は作品社からようやく、まもなく、いよいよ刊行予定)が来日したときの講演で、トニ・モリスンやゼーバルトと並んで、歴史を語る小説の書き手として高く評価していましたね。トニ・モリスンは『ビラヴド』をゼーバルトは『アウステルリッツ』を挙げていたけれど、デリーロは何だったろうか、『リブラ』だったか? そう、その講演自体もとても面白かったのだけれど(特にギンズブルクに対する再反論)、それはまた別の話。ただ、デリーロについて論じている中で都甲さんがホイットマンに言及しているのが示唆的だった。これは、本書に対する不満ともつながるのだけれど、あまりに現代文学の特異性みたいなのに重きを置きすぎている、というか記述を絞りすぎている。むしろ、例えばドゥルーズがマイナー文学として称揚してみせたような「アメリカ文学」と彼の言うところの「偽アメリカ文学」との結びつき、あるいは離接を論じて欲しかった。ドン・デリーロはそのための手がかりになる、ような気が本書を読んでいるときにはしたのだけれど。
今後の活躍に期待、といったところでしょうか。でもこんな文章書いてて翻訳とか大丈夫なの?とか不安になります。余計なお世話ですね。

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