2010年5月15日土曜日

古井由吉 『聖耳』

現代文学の達成をしるす最新連作小説
現し世に耳を澄ませば平穏の内にひろがる静かな狂躁生死の、夢現の、時間の境を越えて立ちあらわれる世界の実相

古井由吉です。いいですよね、彼の文章は。読んでいるだけで不思議な心地になります。ゆらゆらしてしまいます。
病院の描写をしているかと思えば、そこから全く違う世界を連想する。ある人の話を聞いているうちに、その人の語りの世界に入り込んで、いつの間にか自分自身がそれを追憶していく。ふと見つめた光景から過去を想起する。そんな風にして文章がどんどん重ねられていく。文章の余りの美しさに陶然としてしまう。そして、読み終わった後の余韻。『忿翁』を読んだときは、心情や内的な印象を、あくまで身体的に表現する描写の巧みさ、その生々しい感覚にやられてしまったわけですが。なんだか、読んでいるうちに、幻惑されてトリップしてしまうような、そんな感じです。内容というか、主題のようなものは、ほぼ一貫していて、それがさまざまな形式でもって反復的に語られています。「空襲」についての語りも多かったのが印象的だった。
この小説、というか古井由吉の小説って、彼と同世代の人が読んだら、どう感じるのだろう。年齢的な要素とか、時代的な要素によって、(とりわけ彼の小説の場合)全く小説の印象が違うんじゃないか、とか思ったりします。「老い」の感覚みたいなものを僕はまだ実感しているわけではないので、魅力的に感じたりもするんだけど、実際のところどうなんだろうなぁ。

しかし、つくづく美しい文章なこと。

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