2010年2月8日月曜日

トム・ジョーンズ 『拳闘士の休息』

心身を病みながらも疾走する主人公たち。冷酷かつ凶悪な手負いの獣たちが、垣間みる光とは。村上春樹のエッセイにも取り上げられた、O・ヘンリー賞受賞作家の衝撃のデビュー短編集、待望の復刊。

ある者は肉体的に傷つき、ある者は精神を病んでいる。どこかこわれた人々を主人公に、苦しみと闘う様を描く。93年度O・ヘンリー賞を受賞、全米で賞賛された注目作家の処女短編集。

「2009年に面白かった海外小説」、という投票を豊崎さんが呼びかけたところ、堂々の1位になったという小説。その時はさほど気に留めてもいなかったのですが、会社の人から薦められたので、じゃあ読んでみようかと。
ちなみにランキングは以下の通りみたいです。

17票 トム・ジョーンズ『拳闘士の休息』(河出文庫)
14票 ジャック・ルーヴォー『麗しのオルタンス』(創元推理文庫)
13票 アラン・ムーア『フロム・ヘル』(みすず書房)
10票 マイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』(新潮文庫)
10票 ロベルト・ボラーニョ『通話』(白水社)
10票 カズオ・イシグロ『夜想曲集』(早川書房)
http://d.hatena.ne.jp/bookreviewking/20091229/1262067515より。

…ほとんど読んでない。『フロム・ヘル』と『通話』くらいか。創元推理文庫とかチェックすらしていないなぁ。

ともあれ。
うん、面白い。
短編が11篇ほど収められています。特に印象に残ったのは序盤のベトナム戦争ものと、「わたしは生きたい!」でした。
なんだろう。生への執着とか、暴力とか、銃やら酒やら薬やら女やら、ってやつですか。
ハードボイルドっていうよりも、無骨、といったほうがいいのかも。それだけにとても力強いですよ。文章それ自体も暴力的かもしれない。精神というよりも身体にこだわる。暴力だって、死にかけた人間だって、性欲塗れの男だって、それはどこまでも「身体」に関するものだ。身体の優位。いや、精神-身体っていう二元論を立てたい訳ではないけれども。身体にまつわる欲望(欲動?)のもつパワーの凄まじさ、それをひたすらに描き続けている。描くというよりも叩き付ける、という言い方がふさわしいくらいの筆致で。
おそらく著者自身の体験が色濃く反映されていて、とても生々しい。
…と思って略歴を見返してみたら、ヴェトナム戦争には結局行かなかったのか。それをここまで鮮烈に描けるものなんだな、とびっくり。
ヴェトナム戦争を描くということはきっとアメリカ文学においては重要な意味を持っているだろうし、その醜悪な部分を露にするというのはひょっとしたらかなり冒険的なことなのかもしれない。けれど、ここでトム・ジョーンズがやろうとしていることは、ヴェトナム戦争の醜さを暴露すること自体ではないような気がする。他方で、ヴェトナム戦争の帰還兵たちの末路や頽廃なんかは映画などでもそれなりに注目されてきただろうし、恐らくは文学においてもそうだっただろう。ヴェトナム戦争が彼らを決定的に変えてしまった、そしてその後の彼らの有様はそのまま「病めるアメリカ」とパラレルになっているのだ、というような形で。しかし、トム・ジョーンズがやっていることはそれとも違う(ような気がする)。どちらかといえば、それは初めから病んでいたんだよ、と言っているように思える。ヴェトナム戦争で生死のあわいで生への執着と確信をもつのと同じことが、当のアメリカ内部でも起こっているし、私たちはそうやって生きてきたんだよ、とでも言いたいかのようだ。ボクシングもセックスも、それは生の讃歌だろうし、何よりも身体の讃歌だろう。
またニーチェやショーペンハウアーへの再三への言及も、やはり生への執着という点につながるのだろう。どこまでも「生きる」ということ。社会的には弱い立場にあり、時に蔑まれる人々のもつ力強さを描き出した、とても強靭な小説。

補足。たぶん彼の小説について触れるときに、欠かせない要素にあえて触れなかった。それについて軽率なことを言うべきではないし、もう少し考えてからにするべきだろうから。

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