2009年6月22日月曜日

ジェームズ・グラハム・バラード 『結晶世界』

忘れられぬ人妻を追って、マタール港に到着した医師サンダーズ。だが、そこからの道はなぜか閉鎖されていた。翌日、港に奇妙な水死体があがった。四日も水につかっていたのにまだぬくもりが残っており、さらに驚くべきことには、死体の片腕は水晶のように結晶化していたのだ。それは全世界が美しい結晶と化そうとする不気味な前兆だった。バラードを代表するオールタイムベスト作品。星雲賞受賞。

美しい。その一言に尽きる。僕なんかはFF世代ですから、あぁこの小説の森をイメージしてあのゲームの森は作られたのかな、なんて思ったりしました。結晶化していく世界とその結晶にどうしようもなく魅了されていく人々。ディストピア?いやユートピアなんだよ。この結晶の森の描写は怖いくらい魅力的、というか怖いから魅力的なのかもしれない。崇高。どんな科学的分析も意味を失ってしまうような美しさ。なぜ宝石は結晶に対抗する力をもつのか。宝石もまた人々を本当に長い間魅了し続けている。宝石の美しさは権力や権威と一体になっている。しかし結晶は森から生まれた。なぜそれが生まれたのか、それについて解き明かされることはないけれども。アフリカの奥深く、そこは宝石の産出地域ではあるけれども、(近代以降、と留保をつけるべきだろうか)その宝石を享受することとは縁遠かった地域だろう。そこから結晶は生まれ、世界を覆いつくす。宝石は結晶に対抗する力を持つけれども、それはやがて磨耗していく。いつかは私たちもみな結晶化していく。この小説で主人公がたびたび二項対立を発見する。その対立は結晶が拡大するにつれて消え去っていく。やはりこう訂正するべきなのか、結晶世界はディストピアでありユートピアなのだと。その二つは案外似通ったものなのだろうか。西洋-非西洋も、宗教も貧困も豊かさも全て結晶は覆い尽くしていくのだから。

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