30代、既婚、子持ちの「勝ち犬」小夜子と、独身、子なしの「負け犬」葵。立場が違うということは、時に女同士を決裂させる。女の人を区別するのは、女の人だ。性格も生活環境も全く違う2人の女性の友情は成立するのか…?
読みさしの本を終えてしまい、なんとなしに買った本。わからないような、すごくよくわかるような。男性作家が女性をある種のステレオタイプとして描いてきたこと、これはよく聞く話で、だけど女性作家が男性を、特に「夫」を描こうとするときもまた似たようなメカニズムが働くのだろうか。主要な役割を果たす人物をのぞいて、人物造形があまりにも平面的な印象を受けた。「いかにも」な夫、姑、母親、周囲の母親たち…。分かる、というよりも分かった気になる。けどよく考えてみると分かるわけないのだけれど。たぶん、この小説は、それを手に取る人によって全然感じ方が違うのだろう。例えば僕の母はこれをどう読んだんだろう?そんなことも考えた。何れにせよ僕にとっては「分かったつもり」になってしまう、よくない本だった。きっと僕は何も分かっちゃいないんだろう、との自戒も込めつつ。話自体は嫌いじゃないけれど、すっきりせず。
そうそう、あらすじのところに「勝ち犬」やら「負け犬」やら変な言葉が踊っているけど、あれは刊行当時の流行りかね。そんな話じゃないと思うけど、まぁいいや。
2009年11月14日土曜日
コーマック・マッカーシー 『すべての美しい馬』
1949年。祖父が死に、愛する牧場が人手に渡ることを知った16歳のジョン・グレイディ・コールは、自分の人生を選びとるために親友ロリンズと愛馬とともにメキシコへ越境した。この荒々しい土地でなら、牧場で馬とともに生きていくことができると考えたのだ。途中で年下の少年を一人、道連れに加え、三人は予想だにしない運命の渦中へと踏みこんでいく。至高の恋と苛烈な暴力を鮮烈に描き出す永遠のアメリカ青春小説の傑作。
『越境』の流れで読んでしまいました。またも一気読み。『血と暴力の国』を読んだときは、いいなぁと思いつつもそこまではまらなかったので、コーマック・マッカーシーにどっぷりしたのは今月が初めて。来月は『ブラッド・メリディアン』の邦訳も出るらしく、年内はどっぷりし続けでしょうか。<国境三部作>のうち、『平原の町』は未読ですが、例によって版元品切れ。古本屋を漁るか、洋書を買うかですが、どちらも安くはないですね。文庫化して欲しい。こないだThe Roadを安く買えたので、とりあえずそっちで紛らわそうかと。
『越境』とどっちが好きかとなると、僕は『越境』の方を推しますが、どちらもすばらしい作品であることは間違いないと思います。自然や動物(特にこの小説では馬)の描写が卓抜。マッカーシーにとってこうした自然や動物は、単なる書き割りでも舞台でも小道具でもない。
いいなぁ。
『越境』の流れで読んでしまいました。またも一気読み。『血と暴力の国』を読んだときは、いいなぁと思いつつもそこまではまらなかったので、コーマック・マッカーシーにどっぷりしたのは今月が初めて。来月は『ブラッド・メリディアン』の邦訳も出るらしく、年内はどっぷりし続けでしょうか。<国境三部作>のうち、『平原の町』は未読ですが、例によって版元品切れ。古本屋を漁るか、洋書を買うかですが、どちらも安くはないですね。文庫化して欲しい。こないだThe Roadを安く買えたので、とりあえずそっちで紛らわそうかと。
『越境』とどっちが好きかとなると、僕は『越境』の方を推しますが、どちらもすばらしい作品であることは間違いないと思います。自然や動物(特にこの小説では馬)の描写が卓抜。マッカーシーにとってこうした自然や動物は、単なる書き割りでも舞台でも小道具でもない。
いいなぁ。
2009年11月8日日曜日
コーマック・マッカーシー 『越境』
十六歳のビリーは、家畜を襲っていた牝狼を罠で捕らえた。いまや近隣で狼は珍しく、メキシコから越境してきたに違いない。父の指示には反するものの、彼は傷つきながらも気高い狼を故郷の山に帰してやりたいとの強い衝動を感じた。そして彼は、家族には何も告げずに、牝狼を連れて不法に国境を越えてしまう。長い旅路の果てに底なしの哀しみが待ち受けているとも知らず―孤高の巨匠が描き上げる、美しく残酷な青春小説。
この小説に出会えてよかった。とにかく圧倒されました。
ギリシャ悲劇のような、そんな感じです。
どう感想を書けばいいのかわからないけれども、とにかく揺さぶられる。
緻密に構成された小説です。3回の越境と、その度に老人から語られる物語。それは物語だけれども、寓話めいていて、それがビリーの「運命」とも共鳴する。それらの話は全て、「世界」と人間の「運命」に関わるもので(だからとても哲学的であり神学的でもある)、それはビリーの「世界」とかれの「運命」にも関わりあう。そしてそれにビリーはとめどなく押し流されていく。でもそれにたいしてビリーは立ち向かうのではなくて、むしろ積極的に押し流されていくように感じた。「運命」に抗うのではなくて、それを肯定するように。
そのビリーの様も、織り込まれる挿話も、一つ一つにとても魅了された。
このなかでのアメリカとメキシコの「越境」、狼がアメリカに「越境」したことに物語は始まり、その狼を捕らえたことによってビリーはある意味で「越境」を経験する。そしてそのあとに、メキシコに「越境」し、ふたたびビリーは変わる、そして「ホーム」であったアメリカも変わっていく(少なくともビリーにとっては)。「越境」は物理的な行為ではない、おそらく。ビリーも国境横断自体は何てことなく遂げるのだから。なによりも「越境」というのは精神的な行為で、それは越境者の「世界(像)」を変えるものなんだろう。眼を吸い取られた老人もまた越境者であるだろう。神に論争を仕掛ける男に出会った司祭もまたそうなのだろう。そうした「越境」によって形作られ壊された「世界(像)」はもとの姿に戻ることはないのだろう。
とても透き通っていて脆いようにも見えるけれども、それゆえに鋭く美しい文章。ハードボイルドな小説?って聞かれたけど、そうじゃないです。また、動物や自然の描写、それらと人間とのやり取り、関わり合いの描き方もとても美しい。いいです。
この小説に出会えてよかった。とにかく圧倒されました。
ギリシャ悲劇のような、そんな感じです。
どう感想を書けばいいのかわからないけれども、とにかく揺さぶられる。
緻密に構成された小説です。3回の越境と、その度に老人から語られる物語。それは物語だけれども、寓話めいていて、それがビリーの「運命」とも共鳴する。それらの話は全て、「世界」と人間の「運命」に関わるもので(だからとても哲学的であり神学的でもある)、それはビリーの「世界」とかれの「運命」にも関わりあう。そしてそれにビリーはとめどなく押し流されていく。でもそれにたいしてビリーは立ち向かうのではなくて、むしろ積極的に押し流されていくように感じた。「運命」に抗うのではなくて、それを肯定するように。
そのビリーの様も、織り込まれる挿話も、一つ一つにとても魅了された。
このなかでのアメリカとメキシコの「越境」、狼がアメリカに「越境」したことに物語は始まり、その狼を捕らえたことによってビリーはある意味で「越境」を経験する。そしてそのあとに、メキシコに「越境」し、ふたたびビリーは変わる、そして「ホーム」であったアメリカも変わっていく(少なくともビリーにとっては)。「越境」は物理的な行為ではない、おそらく。ビリーも国境横断自体は何てことなく遂げるのだから。なによりも「越境」というのは精神的な行為で、それは越境者の「世界(像)」を変えるものなんだろう。眼を吸い取られた老人もまた越境者であるだろう。神に論争を仕掛ける男に出会った司祭もまたそうなのだろう。そうした「越境」によって形作られ壊された「世界(像)」はもとの姿に戻ることはないのだろう。
とても透き通っていて脆いようにも見えるけれども、それゆえに鋭く美しい文章。ハードボイルドな小説?って聞かれたけど、そうじゃないです。また、動物や自然の描写、それらと人間とのやり取り、関わり合いの描き方もとても美しい。いいです。
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